当院の理念
不妊症とは(不妊症の定義と考え方)
不妊症とは、正常な夫婦生活を2年以上営んでも妊娠しない御夫婦に対して使える病名です。しかし最近は、結婚前から妊娠を前提に同棲のような生活をしているカップルや、結婚しても夫婦生活がほとんど無い御夫婦もいるので、定義についてはちょっと複雑です。外国などでは、結婚をしていなくてもパートナーとして長年暮らしていて子供に恵まれないカップルが不妊を主訴として病院を訪れるケースもよくあります。日本では約10夫婦に1夫婦の割合で不妊症の概念に入ると言われていましたが、性交渉の若年化や晩婚化によりその頻度は年々上昇していると考えられています。
お子さんが欲しいのにもかかわらず、なかなか妊娠に至らないと、強い不安や焦りを感じることになります。また、親や親戚を含め、周囲からさまざまなプレッシャーを受けることになります。今でこそ、昔よりも子供ができない夫婦に対して、親や周囲が気を使って子供のことをあまり聞かないようにはなってきましたが、ちょっと一昔前までは子供夫婦の事を心配するあまりに、いろいろとおせっかいを焼く親がいたものです。親どおしがお茶などで集まって話をすると孫の話でもりあがることも多く、「お宅のところもうお孫さんできた?」というような言葉が必ずといっていいほど出ることも原因しています。
また、不妊のことを他人に打ち明けることは非常に難しいものです。他人に相談しても、結局は他人事ですからなかなかいい意見を聞くことがありません。そこで、一番大切なのは、ご夫婦でお子さんが欲しいと思ってから2年経っても妊娠しない場合は、積極的に産婦人科を受診することです。しかも、ある程度不妊も専門に扱っているクリニックなどに行くことです。自分達の状況を的確に把握することにより、問題点があるかどうかを明らかにすることが問題解決の最大の近道です。


不妊症の原因
妊娠の成立には排精および排卵・受精・着床という3つの現象が問題なく行われることが必要です。すなわち、正常な性機能をもつ男性からの精子が性交により腟内に射精され、子宮腔内より卵管に入り、卵巣より排出され卵管に取り込まれた卵子と受精が成立し(受精は卵管で行われます。)、その後受精卵は卵管内を通過し、5ー6日かかって子宮腔に入り、着床の準備をととのえた子宮内膜に着床するという連続した過程が適切に行われなければ妊娠は成立しません。不妊症はこの過程のどこかに異常を来した状態と考えられ、それを考慮して系統的な不妊症の検査を行う必要があります。
また、不妊症においては、原因が一つとは限りません。2つ3つの原因が複合していることがあります。従って、男性側も女性側もある程度のスクリーニング検査を行い、治療方針を立てることが重要です。


<女性側の原因>
卵管の問題:卵管閉塞や卵管機能障害
女性の不妊因子ではこの卵管因子が一番多いとされています。
卵管が閉塞すると卵子や精子が通過できなくなります。また、卵管の卵輸送機能や分泌能(ホルモンや成長因子)が障害されると妊娠しにくくなります。特に、卵管の線毛細胞の機能が障害されると卵の輸送がうまくいかなくなります。
原因としては卵管の炎症が多く、特に子宮内膜症・付屬器炎によるものが多いと考えられています。
近年、細菌感染ではクラミジアトラコマチス感染症が多く、最も不妊との関連を注目されています。


卵巣の問題(排卵およびホルモン異常):無排卵症・無月経・黄体機能不全症
当然のことながら、排卵がおこらなければ妊娠には至りません。また排卵した後にも黄体機能が働き、妊娠をサポートするように働かないと妊娠の確率が下がります。

子宮の問題:子宮奇形・子宮筋腫・子宮内膜ポリープ・子宮内膜症・子宮内膜癒着症・子宮結核など
これらの疾患は子宮内の血流不全や炎症などによって着床不全を引き起こすと考えられています。

頚管の問題:頚管粘液分泌不全、頚管炎、抗精子抗体など
頸管粘液が少ないと、精子が子宮内に入って行きにくくなってしまいます。
*抗精子抗体:精子や精液は女性には存在しないものであり、それ自体抗原性を有します。精子に傷害を与える抗体や、受精を妨げる抗体などが報告されています。


中枢(脳幹)の問題(視床下部・下垂体ホルモンの分泌異常):無排卵症、高プロラクチン血症など

<男性側の原因>
男性側の原因は不妊の原因の40-50%を占めており、非常に重要です。精子の数が少ない、また、精子が動かないなどの問題があります。

精子減少症・精子無力症・無精子症など
特発性造精機能障害(原因がはっきりしない造精機能障害)が一番多いですが精索静脈瘤や精巣上体炎・前立腺炎などように、感染や炎症で後に起こる続発性のものもあります。
  1. 特発性造精機能障害;精巣内での精子形成過程に障害があるもので、男性不妊の原因の中でも最も多いものです。最近では、この中にAZF(Azoospermia factor)というY染色体上の遺伝子欠損や構造異常が多く認められることがわかってきており、これによる遺伝子診断を行うこともあります。また、免疫因子やアポトーシスなどの面からも検討されています。
  2. 精子成熟障害;精子形成は行なわれるが、精子核の濃縮や運動性、受精能獲得などの過程が障害されると受精率は極端に下がります。
  3. 精索静脈瘤;静脈血がうっ帯したり逆流することによって、造精にかかわるSertoli細胞やLeydig細胞に障害がおこるものです。
  4. 染色体異常(特にKlinefelter症候群;XXY染色体)
  5. 流行性耳下腺炎による精巣炎
  6. 精子輸送経路障害;精管欠損や精巣上体発育不全など
  7. 性嚢炎や前立腺炎(クラミジアトラコマチスや結核など)
  8. 抗精子自己抗体
     睾丸は自己免疫がおこらないように、blood-testis barrierに守られており、免疫にさらされていませんが、炎症や外的傷害などによってこのblood-testis barrierが破綻すると、精子に対する自己抗体を産生することがあります。この自己抗体は造精過程に傷害を与えたり、精子の運動能を減少させたり、精子を凝集させてしまうことにより不妊につながることがわかっています。
  9. 性交機能障害;心因性や糖尿病などの内分泌障害によるものなどがあります。また外傷により骨盤神経に障害がおこるとおこることがあります。

不妊症の検査
(男性側の検査)
1、精液検査
不妊症の中で男性因子、特に精液の性状が不良(数が少ない・元気な精子が少ない)である場合は、皆さんが考えている以上に多く、精液検査は不妊症の一般検査として欠かせないものです。不妊原因の40%程度。外来でお渡しする滅菌容器に採取して出来るだけ早く持参して頂きます(一時間以内)。できれば病院にいらっしゃって採精室で採取していただければ一番良いと思われます。

(女性側の検査)
1、基礎体温表
基礎体温の測定は不妊症の患者さんにとって排卵の有無の確認・排卵日の推定・黄体機能の測定・妊娠の早期診断・検査の日取りを決めるために非常に大切なものです。
基礎体温の測定は、朝、目が覚めてすぐに(ベットから起きないで)口にくわえて測ります。最近は短期間ですむ電子婦人体温計が販売されていますが、なるべく普通の婦人体温計(5分間口にくわえる)を使って下さい。
測った基礎体温は、毎日基礎体温表に記入して下さい。基礎体温表には、月・日・月経周期(月経初日から何日目にあたるか)・月経・帯下・性交日などなるべく詳しく記入し、診察時には忘れずに持参していただき、必ず提示して下さい。


2、血液検査
(1)末梢血検査と血沈もしくはCRP検査
これは不妊の原因となるような明かな器質的疾患がないかどうかを確認するものです。まれに白血病・特発性血小板減少症・アレルギー疾患・感染症などが見つかることがあります。
(2)B型肝炎、C型肝炎、梅毒検査
これらの検査は当院で色々な検査を行うのに対して器具使用時に注意をする必要があるかどうかをみるために検査していただいております。またこれらの疾患を持っている方は妊娠出産において胎児感染が問題となりますので、妊娠する前に検査しておくのはそれなりに意義のあることです。ただし保険扱いにはなりませんので自費でお願いいたします。HIV(AIDS:エイズ)に関しましてはプライバシーの問題もあり現在の所は不妊の方には検査をお勧めしてはいませんが、もし御希望の方がいらっしゃいましたらお申し出下さい。採血させていただきます(自費)。
(3)クラミジア・トラコマチス抗体検査
女性不妊の最大の原因は卵管障害であります。卵管通過障害の最大の原因は付属器炎(卵管炎)であり、感染症により引き起こされることが一番多いのです。昔は淋菌や結核などによる子宮卵管の炎症が多かったのですが、最近の性行為感染症ではクラミジアが一番多く、クラミジア・トラコマチス感染症が卵管障害の原因となっていることがしばしば認められます。特に女性の場合、無症候性に感染している場合も多く、検査をしなければ感染の有無がわかりません。当院ではクラミジアの活動性や既往の感染の指標になるといわれているクラミジア・トラコマチスに対するIgA、IgGという抗体を測定しています。状況によっては子宮頚管部よりクラミジアのDNAを検出する場合もあります。
(4)CA125腫瘍マーカー検査
もともと卵巣嚢腫の腫瘍マーカーとして開発されたモノクローナル抗体による抗原検査ですが子宮内膜症において高値を示すことがわかっており、子宮内膜症の示標として使われております。子宮内膜症は骨盤内の癒着などを引き起こしたり、免疫系に異常を引き起こして不妊の原因となります。子宮内膜症に罹患している患者さんの30-50%が不妊であるといわれています。ただしこの検査は生理中に測定すると高値になりやすいので月経以外の時期に測定します。
(5)黄体ホルモン検査
この検査は高温期に十分な黄体ホルモンが出ているかを測定する検査です。子宮内膜検査と同時に行います。
(6)脳下垂体ホルモン検査、卵巣ホルモン検査、男性ホルモン検査
これらの検査は、卵巣の予備能力や育ってくる卵の質を反映することがあります。月経不順や月経が順調でも排卵が遅い患者様、また、35歳以上の患者様では、月経が順調でもこれらのホルモン検査を行うことにより、卵巣機能や卵の質を評価することがあります。もちろん年齢に関係なく体外受精の排卵誘発の直前には必須です。

3、子宮内膜組織診
子宮内膜は子宮の中にある組織で、妊娠すると赤ちゃんのベッドとなるものです。その子宮内膜が、赤ちゃんのベッドとして適した状態にあるかどうかを検査するのがこの子宮内膜検査です。(できればこの検査時期には避妊をしておいて下さい。)子宮内膜が黄体ホルモンに反応して分泌期に変わっているか、子宮内膜炎がないかどうかを検査できます。従って、検査の時期としてはちょうど着床の時期、すなわち基礎体温が高温になって5ー7日目に行います。検査方法は、子宮の入り口から機械を入れて子宮内膜の一部を採取します。若干痛みを伴います。感染が問題になるので、検査当日は激しい運動・入浴(シャワーは結構です)・夫婦生活はしないで下さい。
これに対して、子宮内膜検査の意義はそれ程高くないのではないかという意見があります(異常なことが少ない)。それよりも、子宮腔内の炎症の度合いを見ることのほうが重要であるという考えがあり、組織診よりも細胞診の方が有意義であるという意見もあります。当院では組織診よりも細胞診の方を重視しています。


4、卵管疎通性(通過性)検査
卵管疎通性検査は女性の不妊原因を調べる上で非常に大切な検査であり、卵管通気検査と子宮卵管造影があります。この卵管疎通性検査は予約制となっております。従って、月経が始まったら検査の予約のためにご来院下さい。検査までは避妊をしておいてください。検査当日は激しい運動・入浴(シャワーは結構です)・夫婦生活などはしないで下さい。
通気検査
子宮内にCO2ガスを注入して、子宮内圧の変化を記録します。
子宮卵管造影
子宮内に造影剤を注入し、子宮形状や卵管形態も観察します。
通水検査
空気の替わりに生理食塩水を注入します。検査よりも、治療的な意味(ステロイド剤や抗生剤の投与)で施行することが多いものです。ただ、最近では、超音波下に通水検査をすることにより卵管の通過性を確認する検査も行われています。
子宮鏡下卵管通水検査や卵管造影検査
通りにくいと考えられた卵管に直接カテーテルを挿入して、生理食塩水や造影剤を投与するものです。

不妊症において卵管因子は最大の女性側の不妊因子だといわれています。そして、子宮卵管造影は、不妊症患者様に対して、多くの婦人科医院で行われている検査です。しかし、その技術には多少差があります。よく卵管がつまっているということを言われる患者様がいますが、本当につまっているのか場合によってはあやしいものです。当院では100例の患者様の子宮卵管造影を行って、真の卵管閉塞と診断されるのは、わずかに1例程度です。卵管留水腫が2例程であり、卵管留水腫は子宮卵管造影で診断された場合、ほぼ100%正しいと言えるでしょう。卵管が異常に膨大している像が確認され、造影剤が排出されないことがわかるからです。しかし、卵管閉塞に関しては偽陽性が多いことも事実です。造影剤を入れる圧力やテクニックにてかなり違いがでることもあります。また、造影剤の種類にもよっても違います。油性の造影剤は粘度が高く、偽陽性が出やすい傾向にあります。すなわち、片側卵管に造影剤が流れ出すと、子宮内部の圧力が高まらずに、反対側の卵管に造影剤が流れにくいという傾向にあります。水溶性の造影剤は粘度が低いために偽陽性が少なくなります。油性の造影剤には、卵管癒着などが若干わかりやすいという利点はあるものの、水溶性造影剤の方が、卵管から造影剤が出る時の出方により、卵管采の癒着がわかりやすいという意見もあります。
卵管閉塞が疑われる場合、偽陽性に出る原因には、卵管角付近のポリープがある場合もあります。
卵管がつまっているからすぐ体外受精にした方がいいと言われた場合は、ちょっと気をつけてください(開腹手術や腹腔鏡で確認されている場合は除きます)。子宮鏡下に子宮内の状況を確認し、卵管に直接造影剤を送り込んで確認できる検査もあります。もちろん、卵管留水腫の場合は仕方がありません。


5、超音波検査・頚管粘液検査
膣からの超音波を用いて、子宮の形・子宮の大きさ・卵巣嚢腫の有無などがわかります。子宮筋腫なども検出されます。また卵胞の大きさや子宮内膜の厚さを測定することによって排卵の時期を推定することができます。
頚管粘液は子宮の入り口から分泌される粘液で、その量や性状は体内の女性ホルモン(エストロゲン)の量を反映します。排卵前になると頚管粘液は多くなり、粘り気がなくなり水っぽくなります。頚管粘液を乾かすとシダ状の結晶が顕微鏡で観察されます。従って頚管粘液を検査することにより排卵の時期を推定することができます。
これらの検査は排卵前に何回も検査することがあります。


6、フーナー検査
フーナー検査は膣の中に射精されたご主人の精子が、頚管粘液の中で良好に動いているか、また子宮まで達しているかを検査するものです。精子の状態が悪いと、当然結果は悪いのですが、射出された精子の状態が悪くなくても、頸管粘液によるさまざまな原因(酸アルカリの状態や精子に対する抗体の存在など。)により結果が悪くなることがあります。
精液検査と同様にあらかじめ3ー4日間の禁欲の後、基礎体温・超音波検査・頚管粘液検査により奥様の排卵日を推定し、外来で指定された日の朝に自宅で夫婦生活をしていただき、その後外来に受診していただきます。性交後できれば3−4時間程度で検査が出来るように受診して下さい。受け付けにおいて「本日はフーナー検査のために来院しました。」と申し出て下さい。フーナー検査は時間が経つと結果が悪くなるために、早めに検査が受けられるようになっております。


フーナー検査において結果が悪い場合に考えられること
<男性側(精子側)><女性側(膣や子宮頸管)>
  • 精子の数が少ない。
  • 精子の運動率が悪い。
  • 精液検査で見かけ上の運動率が良くても、一旦精子が排出されてしまうと、精子がすぐ動かなくなってしまう。つまり、精子が弱い。
  • 精液自体に細菌感染がある(精液を貯める精嚢や精巣上体などに感染がある)
  • 膣内に細菌感染がある。(膣内のpH(酸アルカリ)に異常がおこる。)
  • 子宮頸管粘液が少ない。
  • 子宮頸管粘液中に精子に対する抗体がある。
などです。この中で、膣や頸管粘液の感染もしくは精液自体の感染などは、抗生剤により簡単に治療が可能ですが、その他は簡単および確実に治療をおこなうことは難しいものです。ただ、一度検査を行って、結果が悪かったからといって、妊娠できないわけではありません。その日の体調にも大きく左右されますので、基本的には再検査を行い、判断します。フーナー検査の結果が悪かった場合、精液検査を行っていなければ、精液検査を先に行っていただくことがあります。

7、月経血培養検査
性器結核の有無を検査するものです。かつて結核は不妊症の大きな原因の一つでした。現在は特に可能性がありそうな方以外は検査しておりません。

8、その他一般的に行われる検査
  • ホルモン採血検査
    女性に対しては、女性ホルモンや男性ホルモン、その他、排卵の妨げとなるようなホルモンや着床を維持するホルモンなどを必要に応じて検査することがあります。
    男性に対しては、必要に応じて、精子を形成するのを促すようなホルモンを検査することがあります。
  • 排卵検査
    経膣超音波器械やLHサージをみる尿中LH検査などで排卵を確認します。
9、特殊検査
  • 腹腔鏡検査や開腹下腹腔内確認と病巣の治療
    腹腔鏡や腹部に約2cm程度の切開をいれたりして、腹腔内の状況を確認および卵管の通過性を確認(色素通水検査)したり、卵管の癒着や子宮内膜症の治療ができます。 多嚢胞性卵巣症候群の場合は、小卵胞を穿刺することにより、卵巣局所のホルモン環境を変え、卵胞が発育しやすいようにし、また、卵巣表面を焼灼することにより排卵しやすいようにします。
  • 夫婦染色体検査
    夫もしくは妻の染色体に異常があることにより、精子や卵の形成に障害があったり、排卵がおこらなかったりすることがあります。

不妊症の治療
 ここで、まず最初に述べておきたいことは、正常な夫婦でも妊娠率は決して高くないということです。明らかな問題の無い夫婦でも、1回の排卵タイミングにおいて通常の夫婦生活で妊娠する確率は10-20%程度です。夫の造精機能障害による無精子症に対して、慶應病院で長年行われてきたAID(ドナー精子による人工受精)の成績をみても、妻側に問題がないと考えられても、1回の排卵タイミングにおける妊娠率は30% がいいところです。また、体外受精においても、受精卵子1個あたりの妊娠率は20%前後です。最近の胚盤胞移植においても着床率は高い(50%程度)とはいえ、そこまで発生する確率が30-40%のために、40%×50%=20%と、結局は一回あたりの採卵に対する妊娠率はほとんど変わりません。
 従って、妊娠率というのは、結局はそれ程高くは無いということです。しかし、その原因のほとんどは、卵子や精子のたまたまの異常によるものです。排卵卵子においてもその染色体異常の確率は80%近くもあるといわれています。しかし、これらの異常のほとんどは卵子や精子の減数分裂過程における偶発的な異常だと言われています。また、年齢が上昇すると卵子の細胞質などにも異常(一種の老化)がおこってきます。結論的に、受精卵子1個あたりの妊娠率が約20 %になるというのは非常に合理的な数値です。
ただ、体外受精の場合、一度に卵子を2−3個子宮に返すことが多く、見かけ上の妊娠率は高くなります(30-60%)。ほとんどの不妊治療クリニックが出している体外受精の妊娠率とはこの妊娠率のことです。
 不妊症治療で有名なFERTIITY CLINIC TOKYOの小田原靖先生が著書「赤ちゃんが欲しい。」という本の中で述べている患者様に対する7つのアドバイスがあります。
  1. 子供をつくる権利はすべての人が平等に有する権利であり、不妊治療を受けることに後ろめたさを感じる必要はありません。
  2. 不妊治療は夫婦の共同作業。お二人で克服する気持ちを持って。
  3. わからないことはどんどん質問するように。短い診察時間ではあらかじめ質問しておくことを書き出しておくのも一つの方法。
  4. 治療も人生の一部と考えておおまかな計画を建てましょう。ただし、不妊治療だけに専念することはせず、仕事や遊びは平行してやりましょう。
  5. 医師以外にも不妊を相談できる友達を持って。
  6. 治療にかかる費用はよく聞いておきましょう。
  7. どこまで治療を行うかは、治療中でも時折よく夫婦で話し合って。ご夫婦のコンセプトを持って下さい。
これらのアドバイスは非常に的を得ていますので、不妊症でクリニックを受診される場合はあらかじめ心がけておくことも重要です。
 さて、治療についておおまかな概念をお話しましょう。ただ、最初に理解していただきたいのは、一組のご夫婦に対する治療法は必ずしも1通りの王道があるわけではないということです。不妊症の治療には必ずしも決まった王道があるというわけではありません。それぞれの妊娠に至る確率や治療によっておこる副作用などを考えて、最終的には御夫婦に治療の選択権があります。
たとえば、典型的な問題として、排卵障害がある患者さんがいたとします。その患者さんが排卵を起こすために、クロミフェンという経口の排卵誘発剤を服用するか、hMG-hCGという排卵誘発のための注射を希望するか、クロミフェンとhMG-hCGの併用を希望するかということには、患者様自体の病状とそれぞれの方法のメリットとディメリット(副作用)を考えて最終的には御夫婦が決めることになります。(患者様の排卵障害の程度や、薬に対する反応性、および子宮内膜の状態を考慮してセキソビットなどを使用する場合もあります。)


 メリットディメリット
クロミフェン(服用)
  • 簡単(服用するだけ)
  • 1周期の排卵は1-3個程度 ・ 頸管粘液が少なくなる。
  • 子宮内膜が薄くなる。
  • 卵の質は自然排卵卵よりも悪い。
hMG-hCG
(注射)
  • 1回の排卵で多数排卵するので、妊娠率は高くなる。
  • ほぼ確実に排卵する。
  • 子宮内膜は厚くなりやすい。
  • 卵の質はクロミッドよりも自然に近い。
  • 経済的にやや高い。
  • 注射のために毎日通わなければならないことがある。
  • 1回の周期に多数(5−6個)排卵することにより、多胎になる確率も高い。
  • 卵巣過剰刺激症候群(腹水貯留や電解質バランスのくずれ)がおこることがある。
  • 子宮内膜が厚くなりすぎることがある。

 このことをよくご理解ください。従って判断に迷うこともしばしばです。1通りしか答えがなければ、その治療を行うかどうかを決めることは非常に簡単ですが、いくつも選択肢があれば、どれが一番自分に良いかを決めることはそう簡単にはいきません。そこで、不妊症治療に対する御夫婦のスタンスというものをあらかじめ夫婦で相談しておいて決めておくことが重要です。その後医師とよく相談して、一番ご夫婦に合った、いい方法を提示してもらうことが最良の方法と言えるでしょう。
一般的には、最初に不妊症の一般スクリーニング検査を行い、検査上問題が出てきた部分に対して、その程度に応じて治療を行います。
例えば

・排卵障害がわかった場合
排卵障害の原因を突き止め、毎月排卵するようにします。また、ホルモンのバランスが悪い場合は、これを是正するように投薬治療を受けます。漢方治療や針治療・マッサージ・レーザー治療などが奏功する場合もあります。
・血液検査にて炎症所見が強かった場合
どこに炎症があるのか突き止め、治療します。
・クラミジアトラコマチスなどの感染がわかった場合
抗生剤の投与
・子宮内膜症が認められる場合
程度に応じて治療を優先するか、それともそのまま経過を見て不妊治療を行うかの選択があります。手術療法という選択もあります。
・黄体機能不全
何が黄体機能不全を起こしているのかを突き止め、黄体の補充療法が必要かどうかを考えます。黄体機能はある程度持続する必要があります。なぜなら、たとえ受精卵子が着床しても、受精卵子自体が微量のHCGを産生しはじめることによって黄体卵胞を刺激し、着床をより促して、妊娠の自己維持という機構が働くにはある程度の時間が必要です。その前に、すでに黄体から産生される黄体ホルモンが低下し始めると、子宮内膜の血管が収縮しはじめ、内膜の一部に虚血状態がおこり、着床していても、その着床を剥がしてしまったり、受精卵子の呼吸を止めてしまったりします。そのために、月経だと思っていたら、実は超初期の流産だったりします。(ただし、黄体ホルモンを強く補充しすぎますと、月経が発来した後の次の卵胞発育が遅れる時があります。脳下垂体が卵巣刺激に作用するのが遅れるからです。場合によっては、この作用を利用して、排卵が異常に早すぎる患者様に対して排卵を遅らせることに使用する場合があります。卵子が未熟なうちに排卵するのを避けるためです。)
・子宮内膜炎が認められる場合
抗生剤により治療します。
・子宮内膜検査にて異常が認められる場合
高温期で、黄体ホルモン値が正常であるにもかかわらず、子宮内膜の分泌期化が遅れる患者様がいらっしゃいます。これでは、受精卵子が着床しません。多くの患者様は、子宮内膜細胞の問題で、プロゲステロンに対する受容体が少ないなどの問題があります。黄体ホルモン補充を強めに行うことで対処することが多いですが、子宮内膜増殖症を合併している患者様や、稀に子宮体癌を合併している患者様もいらっしゃいますので注意が必要です。
・子宮内膜ポリープや粘膜下筋腫が認められる場合
基本的には、これらの疾患は着床に対して望ましくありません。もちろん、悪さをしていない場合もありますが、悪さをしている可能性は、10−30%と高率です。内膜ポリープがあるということは、子宮内に何か炎症が起こっていたり、ポリープのある内膜は黄体ホルモンに対して分泌期化が遅れやすいという問題もあります。粘膜下筋腫も、子宮腔内を炎症状態にしてしまい、卵子発育や着床に影響します。子宮内避妊リングというのものを聞いたことがあるとは思いますが、避妊リングは子宮内を慢性的な弱炎症状態にし、卵子発育を障害したり、子宮内膜を変化させて着床を妨げることにより、避妊効果を期待するものですが、まさに、この状況が自然におこることになるのです。
・卵管疎通性障害や癒着
卵管閉塞や癒着の原因が何によるものかを突き止め、治療します。
・精液検査にて異常に数が少ない場合や精液検査にて精子の運動能力が極端に悪いとき
原因を検索し、治療できるものは治療します(投薬療法や手術療法など)。泌尿器科の専門医の対応が必要なときにはご紹介いたします。
・精液検査にて異常な炎症が認められる場合(白血球などが異常に多い場合。)
感染症の検査を行い、感染が判明したら治療します。
などです。しかし、すべての原因がスクリーニング検査で判明するわけではありませんし、また簡単な治療方法が見つかるわけではありません。
とりあえず、

・簡単なスクリーニング検査で治療可能な原因が見つかり、治療を行った場合
・スクリーニング検査では明らかな異常を指摘できず、また、不妊期間がそれ程長くなかった場合
などは簡単な(排卵)タイミング療法を行います。


タイミング療法:これは、排卵に合わせて夫婦生活を行うことです。排卵というのはいつ起こるかは一般の方には予測することが非常に難しいものです。特に排卵が不規則な方はなおさらです。そこで、超音波検査にて卵胞の大きさを計測し、排卵のタイミングを見ます。また、排卵直前に上昇する尿中のホルモンを検査することによって推測することも可能です。ただし人間は機械ではありませんので、排卵という行為にも、個人差および周期差があります。排卵という行為は、卵胞という卵子が入っている袋が割れると伴に、その卵子を卵管が取り上げる行為ですが、排卵自体は、卵胞の中の卵胞液が充満してくることによって中の圧力が高まると伴に、ホルモンの影響にて卵胞表面の膜に炎症が起こり、膜が破れやすくなることによっておこるものです。つまり、風船内の空気を膨らますとともに、風船外から、火をあぶって、風船を破れやすくしているようなものです。ですから、風船の膜の強さや排卵する場所などにも、排卵の時期が規定されています。人には、この排卵が遅いかたもいらっしゃいます。たとえば、子宮内膜症や炎症また卵巣表面の癒着などによって、卵巣表面が線維化して硬くなったり、くっついているためになかなか割れないということもあります。卵胞の位置や、卵胞を包む膜の固さによる個体差もあります。逆に破れ易い部分では早くなったりすることもあります(LHサージが早く起こったりする方もいます)。従って、当院ではできるだけ排卵確認を行っており、患者様の排卵の“くせ”を把握するように努めています。
 タイミング療法ではなかなか妊娠しない方の場合は、人工受精という方法があります。


 妊娠するためのよりよい夫婦生活自己タイミングの取り方とは
 妊娠したいと考えていらっしゃってもなかなか妊娠できない患者様の中に、夫婦生活のタイミングのとり方がわからないという方がいらっしゃいます。そういう方は、まず基礎体温表を1-2ヶ月おつけになってください。基礎体温表をつけて、ご自身の月経周期(ホルモンのバイオリズム)を把握してください。まず、大体、月経周期の何日目から体温が上がりだすのかを把握することです。月経不順がある人は、婦人科で基礎体温表をみてもらってください。そして、その体温の上昇しだす時がわかりましたら、上昇する2日目前より、1日おき(隔日)に、体温が上がり切るまで夫婦生活を送ることです。3回ぐらいの隔日の夫婦生活で体温が上がりきれば上出来です。かつては、体温が上がりだす前に一度下がる時が排卵日と言われたものですが、これは毎朝同じ時間に起きられて、しかも気温の変動があまりなく、水銀体温計で5分間はかって初めてわかるものです。また、このことは月経周期が28(±1)日で順調な人しか言えません。最低体温日の概念は月経周期が不順な人、月経が順調でも30日以上の月経周期がある人、電子体温計をお使いの人、起床時間が不規則な人、周りの気温の変動が激しいところにいらっしゃる人にはほとんどあてはまりません。月経周期が30日以上の人には、排卵してもなかなか卵胞の黄体化がおこらない人(すなわちなかなか高温期にならない人)もいれば、排卵前に卵胞が黄体化してしまい、排卵が起こる前から高温期になり始めてしまう人もいます。自分がどういうタイプかを診察を受けないで把握することはむずかしいですから、自己タイミングを取る方法も、ある程度のバリエーションを考えてすべてをカバーする方法が最適です。もし、良好で持続力のある精子をお持ちの場合は、精子寿命は48時間程度ありますので、ほぼカバーできます。この他に、尿中のLHホルモンを測定するもの(デウ−テストなど)も一般に販売されていますので、補助的にお使いになるのも便利です。朝一番の尿が最適です。ただし、血中のLHは排卵の36−38時間前にピークとなりますが、尿中に出てくるのは少し遅れますので、検査で初めて陽性になった晩もしくは翌日朝から夫婦生活をはじめる方がよろしいでしょう。
 妊娠するための正しい夫婦生活のタイミングの取り方を半年以上行っても妊娠しない方は要注意ですので、お子様が早めに欲しければ、受診をされることをお勧めします。


人工授精
 「人工受精は不妊を悪化させる。」と考えている医師もいます。これは、ある意味では正しいことです。人工受精を繰り返すうちに、子宮や卵管に感染と炎症を起こし、より妊娠しにくくなることがあるからです。しかし、適切に人工受精を行えばこの合併症を起こさせずに、逆にうまく妊娠するようになります。それは、絶対に感染や炎症を起こさせないということです。それには、精液中のプロテアーゼや細菌を取り除くことが重要です。ただし、分離するための遠心操作を何度も行うと精子の運動率を下げてしまうのでよくありません。特に、運動率が悪く弱い精子に関してはこの傾向が著明に出ます。基本的には、精子濃度や運動率がそれ程悪くなければ、swim up法が一番最適だと思われます。swim up法は、精子を培養液中に入れ、運動能力が良い精子が上がってくるのを待つ方法です。集められる精子数は精子の運動率が悪いとそれ程多くないこともありますが、非運動精子が入らず、しかも精液中の細菌や白血球が入りにくいという利点があります。それと伴に抗生剤入りの培養液中で精液を1時間近く培養するという操作が、感染を防ぐことになります。また、精子数が少ない場合や、運動率が低い場合は、特殊な液を使って濃縮することになりますが、濃縮後に培養液で一時的に培養して洗浄してから子宮内に入れることになります。
 人工受精を3回以上受けた場合は、次の人工受精に入る前に、子宮内の細菌検査を行うことも、もし万一感染が起こっていた場合に感染を持続させないための大切な秘訣です。また、場合によっては通気・通水等で卵管の通過性を再度良くしておくことも効果的です。

 基本的なこととしては、「確実に子宮の中に入れる」、「良質な卵子を排卵させる」、ということが重要です。子宮の中に入りずらいからといって、子宮頸管の中だけに注入されている場合もあります。その他、卵管まで精子を送り込むテクニックもあります。
 不妊症の方は精神的に余裕の無い方も多いと思いますが、開き直ってストレスをつくらないということもかなり重要です。精神的にストレスが溜まりますと妊娠しづらくなってしまいます。

 タイミングおよび人工受精においても、通常なら1回のタイミングにおいて排卵する卵子の個数は1個ですが、受精の確率を高めるために、1回に排卵する卵子の個数を2個3個と増やすという方法があります。これを、過排卵といいます。つまり、排卵誘発剤を使う方法です。ただし、排卵誘発剤を使用して2個3個と排卵卵子数を増やしたからといって、妊娠率が2倍3倍になっていくわけではありません。基本的には80%程度の増加率です。というのは、排卵誘発剤を使用した場合、逆に1個1個の卵子の質は若干悪くなってしまいます。従って、単純なイメージで考えるほど妊娠率は増加しません。


=人工授精の技術力とは=
 当院では、人工授精に関しても確かな目と技術を持っていると自負しております。開院して以来、2年が経ちますが、すでに人工授精にて2回目3回目(流産を含め)の妊娠をしていらっしゃる方が多くいます。あれ程タイミングで妊娠しなかった患者様が、人工授精で突然妊娠されるとみなさん驚嘆されます。しかも、1回の妊娠につき4回以内の人工授精で2回目3回目と妊娠される患者様は当院が確かな技術を持っていることを非常によく理解されていらっしゃいます。従って、当院では最初の人工授精は軽々しく誘発を行ったりしません。以下のような症例を除いて、ほとんどの場合は自然周期の人工授精で妊娠に至らないことを確認してから誘発人工授精を行うことにしています。
<最初から排卵誘発人工授精を行うことを検討するような症例>
  • 他院で何度も人工授精を行ったのに妊娠しなかった症例
  • 精子条件が極端に悪い症例(ただし、悪すぎると精子に受精能力が無い場合もあり、逆に確率は高まりません。)
  • 極度の排卵障害の症例
  • ヒューナー検査が良好なのにタイミング療法でなかなか妊娠しない症例で、体外受精に移行する前に人工授精をご希望する患者様(人工授精はあくまでも精子を確実に子宮内もしくは卵管に入れることを目的とする。)
 先日も、他院から精子無力症と排卵障害でご紹介いただいた患者様(他院で何度もタイミングを行いながらご妊娠に至らなかった患者様)に、この周期は2つしか排卵しないからおそらく大丈夫だろうと考え、HMGを2回だけ注射し、最初の人工授精を行ったところ、たった2つしか排卵しなかったのにそのまま双胎妊娠(双子)になってしまわれました。患者様自身は大変喜ばれましたが、当院としては、安易な考え(排卵誘発)であったと反省しております。場合によっては悩まれる患者様もいらっしゃいます。
 人工授精の妊娠率というのは、どうしても症例の内容によって大きくばらつくものですから、なかなか患者様に理解してもらえないものです。つまり、タイミングでも妊娠可能な症例を(早く妊娠したければと患者様を言いくるめて)人工授精するようなことをすれば妊娠率は格段に上がるわけです。また、最初から安易に排卵誘発を行えば妊娠率は上昇します(50%を超えることもあります)が逆に多胎率も上昇します。しかし、当院では原則的に軽々しく人工授精を行ったり、排卵誘発を行ったりはしていません。本来なら、人工授精の技術力というのは、いかにタイミング療法で妊娠に至らなかった同じ患者様に対して、2回3回と妊娠させる力がどれだけあるかによってしか計ることができません。しかし、この方法ではその力を見るのに3年4年とかかりますし、これを公表しているような病院はありません。また、患者様の見方によって判断が分かれてしまうので、公表しにくいというのも事実です。


排卵誘発について
排卵誘発・過排卵処理:1回に排卵する卵子の個数が2個3個と多いために妊娠する確率が高まります。しかし、注射による過排卵処理を行った場合、双子や三つ子、場合によっては4つ子などもできることもあり、覚悟が必要です。また、注射による過排卵処理を行った場合一時的に腹水などが溜まることもあります(卵巣過剰刺激症候群)。ただし、2個3個と排卵しても、卵子の質は自然排卵卵よりも若干悪く、また着床条件にも影響がでることもあり、妊娠率が単純に2倍3倍と高まるわけではありません。また、高齢(比較的38歳以上)で卵巣機能が落ちてきている患者様に対しては、気軽に排卵誘発が行えないということもあります。排卵誘発により、卵巣機能がより落ちてしまうことがあるからです。場合によっては、排卵誘発は体外受精を行うまでとっておくという場合もあります。

(参考)卵巣過剰刺激症候群
この病態は無排卵症や不妊の治療に使われる排卵誘剤によって引き起こされる
  • 多数の卵胞の発育による卵巣の腫大
  • 腹水や胸水の貯留
  • 循環血液量の減少および血液濃縮
の主症状がおこる疾患です。重篤な場合、まれに患者が死亡することもあります。ただし適切に治療すればそれ程恐れることはない疾患です。
排卵誘発剤により多数の卵胞が発育・排卵します。これにより、多くのホルモンや酵素などが卵巣から放出されます。これが病態の根源です。
LH、ヒスタミン、エストロゲン、プロスタグランジン、血管内皮性増殖因子(VEGF)などの影響により血管の透過性が亢進し、腹水や胸水の貯留、循環血液量の減少とそれによる血液濃縮などがおこります。ただし、病態は非常に複雑でこれだけでは、末梢血管抵抗の減少などは説明できません。レニンアンギオテンシン系やプロスタグランジン系の亢進がおこることも報告されています。また、インターロイキン-6などのサイトカインの上昇も報告されており、OHSSの多彩な臨床症状に関係があると考えられています。
発生してしまった場合は、電解質補正や蛋白の補給などの対症療法が基本となります。妊娠すると重症化するので、かなり悪化する場合は妊娠中絶もあります。ただし、外科的な治療の一つとして過剰に発育した卵胞を経膣的にことごとく穿刺すると、卵胞から放出されるホルモン量は減少し、症状は軽快します。


・不妊症患者様における排卵誘発剤の功罪について

=不妊治療におけるHCG注射の功罪について=
HCG注射には、大きく3つの働きがあります。
  1. LH(黄体化ホルモン)と構造が似通っており、排卵前のLHサージの代わりに使用し、卵子の最終成熟と排卵を円滑にさせる。(LHサージが不安定で排卵障害が起きそうな患者様に使用する。)
  2. 黄体を活性化させ、黄体ホルモンの分泌を促す。黄体期を安定させ、着床しやすいようにする。
  3. 子宮内膜中のリンパ球免疫を抑えることにより、免疫寛容を促進する。
確かに、HCGをむやみに使いすぎると、次に発育する卵子の質にも影響を与えることがあります。また、時期を間違えると卵子の質が逆に悪くなってしまいます。しかし、HCG自体が悪いわけではありません。そんなことを言えば、妊娠する人はすべて卵子がなくなってしまうという馬鹿な状態になってしまいます。もともとHCGは妊娠中に非常に高い量で分泌されるホルモンです。もし、HCG自体が悪いのなら、こんなホルモンが10ヶ月も身体に存在する妊娠という状態は非常に危険ということになります。すなわち、一度妊娠すれば、もう卵がなくなってしまうということになってしまいます。HCG投与を悪者にして、患者をあおっているクリニックがありますが、HCGを良く知る医師が必要最低限に使用することを心がければ、安価で非常に有用な薬剤です。ただし、排卵誘発を行うのには、できれば点鼻薬(GnRH agonist)を用いる方が自然で、卵の質も良くなります。また、排卵誘発を行うときには、点鼻薬の方が卵巣過剰刺激症候群になりにくいというメリットもあります。基本的には、HCGは黄体期を安定させ着床を促すという作用のために若干使用することが好ましいと考えられます。今までにHCG使用により、効果の有無の見解が分かれた原因の多くは、早期にHCGを使いすぎ、卵の質を落とすか、早期にimplantation windowを閉じてしまったことにより、逆に着床障害をきたしてしまうか、HCGを使うタイミングが遅くて、次の周期までHCGがのこってしまい、次の卵子発育に影響してしまうことが多いからだと思われます。HCGの使い方はそのプロでなければならないということです。


 今、排卵誘発剤が脚光をあびています。排卵誘発剤には良し悪しがあります。患者様の中には排卵誘発剤に対してアレルギーを感じられる方もいますし、それをあおるような医者もいます。しかし、排卵誘発剤が本当に必要な患者様もいることは事実です。逆に、もちろん排卵誘発剤を使うべきではない場合もあります。一様なベルトコンベアではなく、それぞれの個々の患者様に適切な治療を施すこと、それが最も大切なことです。


<経口排卵誘発剤について>
 経口排卵誘発剤は、排卵誘発のために一般的に使われる薬です。もし、月経周期が26-32日程度で規則的にきている患者様に経口排卵誘発剤を使用したらどうなるでしょうか?排卵する卵子の数は2-3個に増えることがありますが、自然の緩やかなホルモン環境で刺激されていないので、卵子1個あたりの質は落ちることになります。また、抗エストロゲン作用があるので子宮内膜の状態も悪くなり、着床条件も若干下がります。
しかし、なかなか排卵しない人にとってはどうでしょうか?排卵しないことには妊娠につながりません。排卵がおこらなければ妊娠がありえない場合に、排卵をさせないことはこれもまた罪です。また、排卵が非常に遅い患者様がいます。その中には脳下垂体のホルモンのアンバランスが起こっている患者様がいます。大元は卵巣自体に体質的な原因がある場合が多いのですが、特に、脳下垂体のLHというホルモンとFSHというホルモンのバランスが崩れている患者様がいます。よくLHというホルモンがFSHというホルモンよりも高くなっている場合があります。多嚢胞性卵巣症候群という病気が有名です。こういう患者様が、アンバランスなホルモン状態で、卵胞や卵巣が刺激された場合どういう卵子が育つのでしょうか?もちろん、なかなか良い卵子など発育しません。こういう患者様には必要に応じてホルモンのアンバランスを若干是正する必要があります。しかし、だからといって経口排卵誘発剤を使えば、自然正常発育の卵子と同じ卵子が育つのでしょうか?いいえ、やはり正常かつ自然に発育する人の卵子と比べれば質は落ちます。そう簡単に、自然と同様なホルモン状態にすることはできません。しかし、排卵がかなり遅くてホルモンのアンバランスに長期にさらされていた場合よりも卵の質は良好になります。
あと、排卵誘発剤を試験的に使用する場合があります。不妊症で排卵障害がなく、しかも不妊症の一般検査で特に問題がなくても、なかなか通常のタイミングや人工受精でなかなか妊娠しない患者様がいます。不妊症の一般検査といっても、それぞれの機能を正確にみているわけではありません。たとえば、子宮卵管造影を行っていて、卵管の通過性や子宮の形状などに問題がないようにみえていても、卵管が卵子を取り上げる機能や卵子を子宮にまで輸送する機能、また受精の場である卵管内の生物学的環境まで正確に把握できるわけではありません。実際こういった機能に問題が存在する場合があります。また、精子においても、通常の精液検査で受精能まですべてみているわけではありませんし、本当に正確に受精能を判定する方法は受精させてみる以外は無いのが実状です。
しかし、タイミングや人工受精を繰り返していてなかなか妊娠しなくても、心情的にすぐ簡単に体外受精に踏み切れない場合や、経済的にも難しい場合、お金がそれ程かからなくて少しでも確率を高める方法があればとりあえず先に試してみたいと考えるのは当然なことです。その場合に排卵誘発剤を使われることがあります。つまり、排卵卵子数を増やすことによって確率を高めようとすることです。ただし、排卵誘発剤を使用して2個3個と排卵卵子数を増やしたからといって、妊娠率が2倍3倍にはなりません。上記のように排卵誘発剤を使用した場合、逆に1個1個の卵子の質は若干悪くなってしまいます。従って、イメージで考えるほど妊娠率は増加しません。ただし、通常だと1周期に片方の卵巣からしかおこらない排卵を、両方の卵巣から一度に排卵させることが可能なので、もし万一、一方の卵管だけの機能が悪いことがありうるなら、両方から排卵させることにより妊娠の機会は増加します。ですが、経口排卵誘発剤だけだと2-3個の卵子が精一杯であり、時に排卵誘発剤を使用しても一個しか成長しないこともよくありますので、4-5個の排卵を目的として、時に注射の排卵誘発剤を併用することがあります。よく、排卵誘発剤を使用すると多胎(双子、三つ子、4つ子など)を心配される方がいますが、半年以上のタイミングから始まって、すでに人工受精を5回―7回も受けているのに妊娠に至らない患者様が多胎になる確率は非常に少ないのが事実です(ただし、ならないとは限りません)。しかし、基本的にはこの排卵誘発法は2-3回が限度と考えて下さい。それでも妊娠に至らない場合は、他に妊娠を妨げるような明白な因子がなければ、やはり体外受精を行うことが、卵巣にとっても良いでしょう。むやみに排卵誘発剤を使うことは、卵巣自体の反応性を落とし、なかなか排卵しなくなる上により卵子の質を落としてしまうようになることがあるからです。


<注射排卵誘発剤>
体外受精においては一般的に使用されることのある排卵誘発剤ですが、多くの卵子が採卵できる反面、確かに問題もいくつかあります。
  • 排卵誘発に時間と手間がかかる。(また金銭的にも誘発自体に4-5万円かかる。)
  • 1個1個の卵子の質は自然成熟卵よりも悪い。
  • 卵巣過剰刺激症候群をおこすことがある。
  • 高濃度のエストロゲンが子宮内の着床状況を悪くする。
などです。
従って、適切な排卵誘発を行わないと、妊娠率は上がりませんし、逆に危険を伴います。体外受精胚移植を行い、その誘発周期でそのまま妊娠することを目的とすると、大体、4-10個の卵子が採卵できることを一つの目安として誘発します。(多すぎず、少なすぎずというところです。)
しかし、体外受精には注射による排卵誘発を行わない方法や経口の排卵誘発剤だけで誘発する方法もあります。確かに、自然発育卵の方が卵1個の質(染色体の数上の質)は良いでしょうが、この場合、その卵子が受精をしなければ使用できる卵はもうありません。1か0ということになってしまいます。顕微授精にしても100%受精するわけではありません。しかも、すべてを合算すれば着床率や妊娠率はなかなか30%以上にはなりません。体外受精の回数を重ねれば重ねるだけ金銭的にも負担がかかってしまいます。
 ではどちらの方が良いでしょうか。それは、患者様の個々の状況に応じて判断することが大切です。また、患者様自身の考え方もあります。100%の確率で物が言えない以上、インフォームドコンセントが非常に重要です。


<黄体化非破裂症候群>
本来、月経周期において、卵胞が成長し、ある一定の大きさになると、卵胞周囲細胞から産生されるエストロゲンの脳下垂体に対する正のフェードバックにより、脳下垂体からLHというホルモンが瞬急性に上昇し(LHサージ)、これを契機として36時間から48時間後に卵胞が破裂し、排卵が起こります。しかし、卵胞が発育していてもこれがうまくおこらないことがあります。それが卵胞破裂障害です。尿検査による排卵検査薬を使用して、LHサージを確認していても実は排卵していないということがあります。

<原因>
  • LHサージが不完全である場合;LHサージが起こっていても実はLHの値があまり上昇していなかったり、低く2峰性など不規則に起こっている場合はうまく卵胞の表面の脆弱化がおこりません。つまり、皮が柔らかくなりにくいのです。脳下垂体の反応が悪い場合や、エストロゲンが十分に上昇していない場合などにおこります。
  • LHサージが早く起こりすぎる場合;LHサージは、上記にあるように卵胞から産生されるエストロゲンによる脳下垂体への正のフィードバックで起こるのですが、まだ十分に卵胞が発育していないのにLHサージが起こってしまったりすると、十分に卵胞表面の皮が柔らかくならずに排卵が起こらないことがあります。
  • 成長してきた卵胞が古い卵胞、すなわち、一度以前に少し成長してきたが、そのまま残っていて今回の周期に一番最初に大きくなってきたような場合:卵胞から産生されるエストロゲンが低く、脳下垂体に対する正のフィードバックを起こす力が不十分な場合におこります。
  • 卵巣表面が腹膜や子宮などと癒着している場合;子宮内膜症や感染(腹膜炎)などによって、卵巣表面が癒着していると、本来排卵するはずの卵胞がなかなか割れないでそのまま残ることがあります。排卵という行為は、卵胞表面の皮が柔らかくなる(割れやすくなる)とともに、卵胞内の卵胞液が溜まってきて卵胞内の圧力が高まり、両方の作用が高まってあるときに風船が割れるように起こるものです。風船の表面がテープなどで覆われていれば、うまく破裂しません。
  • 子宮内膜症;癒着を起こすとともに、慢性的な炎症状態により卵巣表面を硬くし、卵胞が破裂しにくくなります。
  • その他
いずれにしても、排卵しなかった卵胞は、黄体化してそのまま卵巣内に残ってしまいます。つまり、基礎体温表上は高温期になるのです。すなわち、基礎体温の見かけ上は排卵がおこっているように見えます。ただし、LHサージの強弱により、高温期の長さや高さには変動があります。


人工授精から体外受精に移行するまでに行える可能性のあること
 人工受精まではできても体外受精はまだちょっとという患者様は多いものです。心情的なものもありますが、大きな要因には料金の問題があります。人工受精は洗浄処置をしても高々15000円から20000円までです。しかし、体外受精になりますと、安いところでも総額300000円はかかってしまいます。これは、採卵・受精・胚培養・移植までの器材や薬剤費および人件費を考えるとこれ以上あまり下がることは難しいでしょう。質が下がってしまいますし、安かろう悪かろうではどうしようもありません。
 しかし、この費用は普通の一般家庭の収入を考えるとかなり厳しいものですし、1回で妊娠すればそれでいいかもしれませんが、その保障はどこにもありません。
 そこで、一般の患者様がその中間的な治療法がないかと考えるのは当然のことです。歴史的にみれば本格的な体外受精に至るまで色々な方法が試されてきました。まだ、体外培養技術が未熟であった時代、色々な方法が試されてきました。例としては
  • 採卵した卵子だけを卵管に入れてやる。(人工受精やタイミングと併用する。)
  • 採卵した卵子と精子をそのまま混ぜ合わせて子宮にもどす。
  • 採卵した卵子と精子をそのまま混ぜ合わせて卵管に返す。
  • 採卵した卵子を受精だけ体外でさせて、一日だけ経った受精卵を卵管や子宮に返す。
などです。いずれも料金的には7万円〜20万円までの方法です。もちろん妊娠することはありますが、妊娠率は正式な体外受精と比較すると一段下のものです(5-20%程度)。
 これらの方法を試してみる価値のある患者様は確かにいます。ただし、妊娠効率から考えると少々時代的に古いというのが本当のところです。こういう歴史的な方法をかなり妊娠率が高いと宣伝する医師や病院もいますが、本当に正確な数字は出せないのが実状です。体外受精がすべて保険で賄われる国などではほとんど駆逐されてしまいました。
 ですが、患者ご夫婦にはそれぞれの“思い”ということがあることもまた事実であり、こういう方法で妊娠される患者様が実際にいることもまた事実です。本格的な体外受精に入るまでにこういう方法を試してみたいと考えられる方は遠慮なく正直におっしゃって下さい。


タイミング療法や人工受精でもなかなか妊娠しない場合や、最初から女性側や男性側に明らかに妊娠の確率が極端に低くなったり、自然妊娠が不可能と考えられる原因などが認められる場合は体外受精を行うことになります。

男性側の主な原因:精子減少症、精子無力症、その他の精子機能異常など
女性側の主な原因:卵管閉塞、卵管癒着、排卵障害、子宮内膜症など


体外受精
体外受精は精子と卵子とを体外で受精させ、子宮の中に入れるという、排卵障害因子を除外し、卵管を経由しないで妊娠に至るという非常に画期的な技術です。
体外受精を行うことにより、
  1. 発育卵子の状態を直接目でみて判断できる。
  2. 精子に受精能力があるかどうかがわかる。
  3. 卵の質を評価することにより、着床に問題があるのかどうかが判別できる。
という利点があり、うまくいけばそのまま妊娠することが高率で可能です。
いままで、身体の中で行われていた、受精・卵発育を顕微鏡の監視下で行うことができるということにより、多くのことがわかるようになりました。
 現在では、受精5−6日目の胚盤胞まで培養する技術が発達し、子宮の中に非常に良い時期の卵子を返すことができるようになりました。
体外受精は、卵胞発育の誘発―採卵―受精―培養―胚移植―黄体の補充という一連の行為から成り立っています。個々の患者様により最適の方法が異なることにより、詳しくは、体外受精をお受けになる前のカウンセリング時にお話することにしています。また、体外受精をお受けになる患者様にはパンフレットをお渡ししています。ここでは、一部だけ抜粋させていただきます。

(排卵誘発)
体外受精において、自然に発育してくる卵子1個だけで行うことは、妊娠効率が悪いことは周知の事実です。平均的に20歳前半で1/1.5-2、20歳後半で1/2-3、30歳前半で1/3-5、30歳後半にもなると1/7-10の確率でしか、妊娠しうる(染色体のそろった)良い卵子は出ません。従って、体外受精においては、排卵誘発という行為を行い、卵子を複数採取することが一般的です。この排卵誘発には、弱いものから強いものまで種類があります。すべての患者様に対して、一概にどの排卵誘発が一番良いかということは言えません。患者様個々の症例に対して検討しなければならないからです。不妊症の患者様の中で、まだ年齢が若く、純粋に卵管因子(卵管機能障害)による原因や子宮内膜症による原因で不妊の患者様においては、体外受精の排卵誘発においても、内服薬と2−3回の注射程度の必要最小限度で十分であり、また、すぐ妊娠されます。その方が患者様の身体に負担がなくてすみます。最初に体外受精を受ける年齢が低いと、もしお二人目を希望された場合にも、年齢が経っていないと卵巣の質の低下もそれ程起こっていないので、多くの方がすぐ妊娠されます。しかし、不妊症の患者様の中で体外受精を受けるにあたって、タチが悪い状況は、「卵子が発育しにくい」、「質の良い卵子がなかなか出そうにない」、「精子条件が極端に悪い」という状況です。こういう患者様は妊娠率が極端に低くなってしまいます。
 「卵子が発育しにくい」、「質の良い卵子がなかなか出そうにない」という状況をどういう風に把握するかといいますと、月経中のホルモン検査によるものが一般的です。この時期の脳下垂体や卵巣のホルモンの高い低いによって、卵巣の予備能力の低下の有無や、ホルモンのアンバランスによる質の低下が推定できます。しかし、これは完全ではありません。タイミング療法や人工授精療法で、一度でも排卵誘発をすることを受けたことのある患者様は、どういう排卵誘発をすれば、大体どのくらい卵子が採取できるかの検討がつきます。もし、過去に排卵誘発を受けたことがあれば、その方法と発育卵胞の数がいくらあったかを報告していただけると、よりよい情報になります。 また、たとえ良好な卵子が取れそうな若い患者様でも、場合によっては、ある程度の過排卵誘発による卵子採取が必要になることがあります。精子条件が非常に悪いというような患者様です。精子条件が悪いと、良い精子にあたる確率が低くなりますので、ある程度の受精卵を得ることが必要です。特に、造精機能障害の患者様では、精子を作る細胞の機能が低下していることが多く、いくら形態的にもましな精子に見えても、細胞分裂(減数分裂)の過程において、染色体のそろった良い精子が出てくる確率が低くなりますので、ある程度の数の受精卵が必要です。
 年齢が上がりますと、弱い排卵誘発ではどうしても卵子が増えない場合があります。排卵誘発で育ってくる卵胞が1-2個しかなければ、その卵子を採卵することはナンセンスです。それなら、まだ自然に発育してくる1個の卵子を採取する方が卵子の質が良いといえます。従って、弱い排卵誘発で育ってくる卵子が1つ程度と予想される患者様の場合は、強い排卵誘発で卵子数を増やすか、それとも自然に発育してくる1個だけに賭けるかということになります。
 排卵誘発により、4個以上の卵子が採取可能と予想できるのなら、多くの場合、排卵誘発を行う方が妊娠率は高くなります。ただし、排卵誘発により、卵巣はある程度ダメージを受けるので、2回ー3回と同じように排卵誘発はできません。
 強い排卵誘発を行っても、どうしても発育卵胞があまり得られない(3個以下)患者様がいらっしゃいます。こういう患者様は、ほとんどの場合、質の良い卵子が無く、妊娠に至りません。妊娠に至らなくて、また再度体外受精を行う場合には、排卵誘発という行為自体を受けない方が、良い(ましな)場合もあります。こういう患者様が次に排卵誘発を受けても、おそらく1-2個の卵しか育ちませんし、その卵が飲み薬にせよ、注射にせよ、排卵誘発を受けていると、卵子が受ける刺激が“まだら”になっていて、質の良い卵子になりえません。それよりも、1個しかないけれども自然に発育してくる卵子の方がまだましということがあります。妊娠の確率はもともと極端に低いですが、もし、体外受精を受けるのなら、その方がまだ“まし”ということです。漢方薬やサプリメントを併用しての自然発育卵での体外受精となります。針治療やマッサージ療法などを併用されてもかまいません。

 代表的な排卵誘発法には下記のものがあります。  
  1. クロミフェン−FSH/HMG(2-4回)療法−HCGもしくは点鼻薬療法(弱い排卵誘発)
  2. GnRHa (long) −FSH/HMG−HCG療法(中間の誘発で均一な卵子をある程度多く取る場合)
  3. GnRHa (short) −FSH/HMG−HCG療法(やや強い排卵誘発)
  4. FSH/HMG−HCGもしくは点鼻薬療法(かなり強力な排卵誘発。排卵誘発の最後の砦だが、40歳以上の患者様の排卵誘発を行う場合はこの方法しかない場合も多い。)
 どの排卵誘発法が患者様に適しているかは、それぞれの患者様によって違いますので、相談の上行うようになります。
(採卵)
 膣から卵胞を穿刺して卵子を吸引することになります。当院では、自然に発育してくる1個の卵子を採卵する以外は静脈麻酔を行います。
(受精・培養)
 当院では、出来るだけ受精しないことが無いように、精子の評価を的確に行い、場合によってはリスクを避けるために顕微授精と体外受精を併用することも多々あります。また、受精させる精子濃度(媒精子濃度)を症例に応じて検討しております。
また、培養においてはビデオ撮影を行っているのを外来診察で直接お見せすることにより、患者様に安心感を与え、患者様と一緒に最良の胚移植選択を考えていくシステムです。また、できるだけ胚盤胞培養を勧めてもいます。
(胚移植)
 当院では、確実に問題なく子宮内に胚移植を行うように努めています。
また、患者様の着床条件を考慮し、最良の胚移植法を選択するように努めています。
当院独自の特殊胚移植法:消炎免疫抑制胚移植法、人工子宮内膜胚移植法、完全人工子宮内膜胚移植法、超完全人工子宮内膜胚移植法など
(黄体補充療法)
当院では黄体補充にも妊娠するために工夫をこらし力を入れています。


=体外受精における排卵誘発周期、軽度排卵誘発周期、完全自然周期による一般的なメリットとディメリット=
 <排卵誘発周期採卵>
注射を主体とした排卵誘発
一般的には、均一な卵子を育てるためと排卵をコントロールするために点鼻薬などで脳下垂体の機能を抑えることがある。ただし、反応性が悪い時(卵胞発育が悪いとき)には点鼻薬を使用しない。
<軽度排卵誘発周期採卵>
飲み薬の排卵誘発剤だけの場合や飲み薬の排卵誘発剤と注射(FSHやHMG)との併用を行ったりする。体外受精が始まった頃から行われている古典的な誘発。
(一部のクリニックではこれを勝手に自然周期採卵と呼んでいることがある。)
<完全自然周期採卵>
排卵誘発剤を一切使用しないで行う体外受精周期。(排卵誘発剤にほとんど反応しない症例に使用することが多い。)漢方薬やサプリメントや針灸などと併用することもある。(技術が高く、卵発育に対する見識が深いクリニックでしか行えない。)
成熟卵子を大体4-12個程度採卵することを目的とする。3-5個の卵子を採卵することを目的とする。自然に発育する1個の卵子を採卵することを目的とする。



良好な卵子が発育しやすい患者様には均一な卵子が採卵でき、場合によっては凍結保存することも可能。1回で妊娠した場合、2−3年後に、凍結保存しておいた残りの卵子で妊娠することも可能。2−3年経って2人目が欲しいと考えた時に、最初の時より年をとっていて以前と同じような良好な卵子が採卵できるかは不明なので、前回の若い頃の凍結しておいた卵子が残っていればメリットはある。また、確実に採卵できる確率は圧倒的に高い。若くて、卵子発育が良好な患者様には非常に向いている。少ない薬の用量で、ある程度の卵子発育が期待できる。子宮内膜も注射誘発周期のように厚くなりにくい。採卵周期の着床条件は比較的良好。純粋な卵管(機能)障害で、卵発育が良好な患者様には最適。排卵誘発剤を使用しても、2個以下の卵子しか育たないケースでは、誘発剤により“まだら”な刺激を受けた卵子よりも自然に発育してくる1個の卵子の方が、質がまだ良いことも多い。





副作用として卵巣過剰刺激症候群をおこすことがある。
卵発育と伴にエストロゲン値が上昇しやすい。
黄体期のホルモン変動が不安定な場合がある。(着床障害をおこすことがある。)厳重な黄体補充が必要。
症例によってImplantation window(着床有効時期)が前に移動しやすいこともある。
一見よさそうにみえるが、高齢者や卵子が発育しにくい患者様には不向き。卵子が発育せず、採卵できなかったり、採卵しても卵子が取れなかったり、卵子が1個しかない場合には受精しなかったり、受精しても発育しなかったりする場合も多い。採卵前に自然排卵してキャンセルになる場合もある。従って、見かけ上の胚移植あたりの妊娠率は高くなっても、キャンセルや胚移植が出来ない症例が多いこともあることに注意。この方法で妊娠率が高いとうたっているクリニックもあるが、影に隠れた症例が多数あることに気をつけて。 あくまでも、患者様自体の体内で分泌されるホルモンにより卵発育と卵の質が規定されるので、患者様の体調や気温変化やストレスの有無により、卵の質がかなり影響される。
 1個の卵子のため、超えなければならないハードルが多く、採卵あたりの妊娠率は低くなる。

<排卵や卵子の質を改善するための特別な併用薬など>
メトフォルミン

多嚢胞性卵巣症候群の患者様は卵巣局所のホルモン状態も悪く、細胞の糖(特に筋肉細胞)の取り込みも悪く、なかなか卵胞発育が起こらずに排卵もしにくいという状況があります。糖の取り込みが悪いと血糖を下げようとしてインシュリンの分泌が高まります。このために脳下垂体でのLH(黄体化ホルモン)の分泌上昇をまねき、卵巣局所や副腎でのアンドロゲン上昇をまねくとされています。(にきびや多毛という症状につながります。)従って、多嚢胞性卵巣症候群の患者様では排卵するまでにかなり時間を要することがよくあります。また、たとえ排卵しても卵子の質も良くありません。排卵を早めに行わせるために排卵誘発を行うのに排卵誘発剤を2段階服用していただく方法や注射を多用する方法はありますが、この方法では排卵はしても、あまり良い卵子はできません。そこで頑固な多嚢胞性卵巣症候群に対して、効果があると報告されている糖尿病薬(メトフォルミン)を使用する方法が脚光を浴びています。

フェマーラ
フェマーラはテストステロンおよび副腎アンドロゲンを、周辺組織中のエストロゲンに変換するアロマターゼ(エストロゲン・シンセターゼ)の抑制剤であり、乳癌治療に用いられる薬で、海外では一般的に使用されています。また、日本でも乳癌治療で承認され、購入することができるようになりました。この薬のもう1つの作用に、なかなか排卵しない患者様や卵子成熟が悪い患者様、多嚢胞性卵巣症候群の患者様に対して卵巣局所のホルモン活性を抑え、排卵しやすくなる(卵の質を上げる?)卵の成熟を良くするという作用が報告されております。

顕微授精
体外受精は、卵子と精子を体外に取りだして受精させることをいいますが、顕微受精は体外受精の中で、マイクロマニプレータ−という機器を用い、顕微鏡下で精子を直接卵子内に注入することです。従って顕微受精は体外受精の中の一つの方法です。当院ではIMSIシステムを導入し、良好精子選別に力を入れています。

着床不全について
不妊症の中には、排卵や受精をしながらもどうしても子宮内膜に着床しにくい患者様がいます。体外受精におきましても、何度も形態良好な受精卵を子宮に戻しながらも着床しない患者様がいることは事実です。確かに、染色体を含めた受精卵の質に問題がある場合が頻度的には一番高いのですが、頻回の着床不全の患者様には、子宮内膜そのものにも問題がある場合も認められます。着床不全の子宮側の原因としては、
  • 子宮内膜が黄体ホルモンに反応してうまく分泌期にならない。うまく卵を接着させる因子が発現していない。
  • 子宮内に感染を含めた何らかの炎症が存在し、子宮内の培養環境や着床環境が悪くなっている。
  • 子宮内にポリープが存在して、慢性的な炎症をおこし、子宮内の環境が悪くなっている。
  • 子宮筋腫が子宮内の血流を悪くしたり、慢性的な炎症をおこして子宮内の環境が悪くなっている。
  • 子宮内に血流の悪いところが存在する。
  • 子宮内膜症(子宮腺筋症)などが子宮内の培養環境を悪くしている。
  • 免疫的な異常が卵子の着床を阻害する。
などが考えられます。従って、着床不全が考えられる場合や体外受精を行う前には、着床環境が問題ないかを調べておくことは非常に意義があることです。
 簡単にできる検査としては、
  • 子宮鏡(子宮ファイバースコピー検査):子宮の中を覗いて、ポリープや粘膜下子宮筋腫などが子宮腔内にないかどうかを確認する。また、子宮内に血流の悪そうな部分がないかどうかを確認する。
  • 子宮内の培養検査:子宮内に細菌が繁殖していないかを確認する。
  • 子宮内膜組織診:子宮内膜が黄体ホルモンに同期して分泌期になっているかを確認する。
  • 子宮内腔細胞診:子宮内に炎症系細胞が多く出ているかを確認する。
などがあります。以上はすべて、病気の可能性がある場合や、問題(病気)自体が明白な場合は保険医療として行うことが可能です。また、これと同時に、子宮内腔にマトリックスメタロプロテアーゼという物質が多く出ているかということを子宮内の液を用いて、子宮内の微妙な炎症状態を簡単に把握しようという検査法(筆者がメルボルン大学で開発)があります。このマトリックスメタロプロテアーゼの検出という検査を、当院では東京にある不妊症専門の小田原ウィメンズクリニックと共同で行っております。


当院受診の手順について
  1. まず、お電話でおこしになれる都合のよい日をご予約ください。最初の外来は必ずしもご夫婦で来院される必要はありません。奥様だけで結構です。また、奥様は、診察のためにも、最初は月経を避けていらっしゃってください。
  2. できれば、下記の不妊症の特別問診表(一番最後にあります)を家で記載されてからご持参いただけると幸いです。(受付でお渡しください。お忘れになっても受付にありますので、御来院されたときに記載していただいても結構です。)
  3. 他院での治療経過がありましたら、できるだけ細かくお教えください。ただし、他院での紹介状をもらうことになると費用がかかることになりますので、ご存知の範囲で結構です。しかし、血液検査のコピーや子宮卵管造影のコピーなどは実費でもらえることがありますので聞いてみてもいいでしょう。ただし、他の病院を受診するということも言いにくいと思いますから、「引越しする予定で、コピーだけ持っていたいので下さいませんか。すぐ受診するかどうかはまだわかりませんので、特に紹介状は入りません。」とでも言えば全く問題ないと思います。
  4. 来院までの基礎体温表をおつけください。どんなに短い期間であっても結構です。

― 当院での不妊症検査治療の流れ ―

 当院では、できるだけご夫婦の意見を確認させていただくために、ご希望の方には御夫婦のカウンセリングにより治療方針を決めていくようにさせていただきたいと考えております。ただし、ご夫婦の中には、ご主人があまり積極的でない方も多く、そういった場合は奥様だけとのお話し合いで治療方針を決めていくことでも全くかまいません。


フロー図

夫婦カウンセリングは完全予約制で、診療時間外(午後9時―10時半まで)に行います。(稀に土曜日に行うことがあります。) 男性不妊特殊外来は水曜日の午後6時―7時で完全予約制ですが通常の時間帯の外来にいらしても結構です。

不妊カウンセリング
  当院では、医師による夜間カウンセリングの他、不妊カウンセリング学会認定カウンセラーによるカウンセリングも実施しております。受付でお問い合わせください。